2021.02.01
活かされる記録をつくる – アーカイ部レポート
Text : Aya Endo
突然ですがクイズです。やまのこの保育者がポケットにいつもいれているものは何でしょう?
正解は、メモ帳とペンです。その他にもICレコーダーやカメラなど、記録のための道具を持ち歩くこともあります。子育ての中でも、子どもたちの言語、非言語を含めた表現に出会ったとき、後で思い出そうと思っても思い出せないことってありますよね。保育者は、多人数を同時にみていますので、起きた出来事を忘れないように書き留めておくことはとても大切な仕事です。そうして集められた言葉が、日々の保育の記録となり、それらが蓄積され記録となります。
幼児期の子どもたちにとっては遊びや暮らしそのものが重要な学びですので、子どもたちの関心や興味、経験をどのように見取り、次の実践へつなげていくかは保育の生命線といえます。そのために記録はとても大事な役割を果たします。
やまのこでの記録の経過を辿ってみます。
2020年3月までは、活動内容や子どもたちの具体的なエピソードで構成された「保育日誌」を全クラスで書いていました。あけび組は保育日誌と写真を掲示し、共有していました。この記録方法のよいところは、保護者のみなさんに1日の様子を共有できることと、保育者のふりかえりの機会になっていたことでした。
一方で、一人ひとりには蓄積されていくのですが、書いて終わりで活用されない残念なことになっていました。こんなに時間をかけているのにもったいない。どうしたらもっと子ども理解を深め、実践を変化させていくような「機能する記録」をつけられるのだろうか。この問いが、チーム全体に共有され、記録のあり方を検討するための部会「アーカイ部」が2020年7月に発足しました。手を挙げた部員は、I・E・K・N・Yの5名です。
アーカイ部が発足した背景には、記録が積み重なって子ども理解が深まっていく体験として、2019年に開催した展覧会「変容するわたしたち」展があったと思います。「変容するわたしたち」展は、2019年10月に開催された子どもたちとの日々の中で生成される「問い」からリサーチを展開し、保育園という場で起きていることの面白さを広く伝えるために企画したものです。この企画で各クラスひとつの問いを3ヶ月間追いかけていくことで、子ども理解がぐっと深まっていく感覚が掴めていたことから、これを日常的にしていけたらと考えていたのです。
初回のアーカイ部ミーティングでは「記録の目的」について整理しました。その中で、保育者にとっての記録、子どもにとっての記録、保護者にとっての記録と、受け取り手によってその意味はかわってくるのではないか、という話になりました。例えば、子どもにとっての記録を考えてみると、乳幼児期の記憶のほとんどが脳の成長過程で刈り込まれ、記憶としては思い出せなくなってしまいます。私は前職で家族と暮らせない子どもたちに関わる仕事をしていたのですが、その中で子どもにとって記録が持つ重要性について考えさせられたことがありました。度重なる喪失や分断体験のある子が、自分が育ってきた過去をふりかえり、自分の物語を確認していくライフストーリーワークという実践について学んだことがあります。過去の物語を探っていく中で、自分の記憶にはなくても多くの人が私のことを覚えてくれているという事実が、わたしは大切な存在であるという実感を支え、そうした行為そのものがセラピーとして機能しているそうです。大人になる過程で出会うさまざまな困難を乗り越えていくための支えになるような、そんな記録を子どもたちに手渡せたらと思いました。(そうした観点から、今年度の卒園児に記録を届けられたらと企画準備中です)一方、親にとっての記録の意味は、我が子への理解をさらに深めていくためのもの、親としての育ちをサポートしてくれるものなのではないかと思います。
子どもにとって、親にとっての記録という観点は大切です。その2つを実現するためにも、やまのこ保育園の実践が豊かになることが大切です。保育が豊かになることで、子どもがよりその子らしく生き生きと育つことができ、またその子どもの育ちによって親も育てられると思うからです。記録は「実践(保育)を豊かにするため」にある。個々の視点が深められ、それらが集合知となり、実践を変えていくような記録のあり方をさぐりたいと思いました。
具体的な記録方法を考える上で大切なのが保育園の仕事の現実です。早朝から夜まで子ども中心の時間でまわっている現場ですので、クラスの保育者全員が集まって話すことができるのは、1日最大20分です。この20分を最大限に活かし、最小の力で最大の学びを生む必要があります。その上、学びを個に閉じるのではなく、集合的レベルにしなければ、本当の意味での実践の豊かさには繋がりません。
そこで考えたのが、付箋を活用したふりかえりの方法です。2cm幅の付箋にエピソードを端的に記載します。これまでのやまのこの保育日誌では、背景・エピソード・考察という3つの枠組みから構成される「エピソード記述」(鯨岡、2005, 2007, 2008)という手法を学び、記述していました。それを崩して、あえて小さい付箋を採用することで、事実を端的に記載することになります。これまでよりもたくさんのエピソードを集めることができるようになるため、クラスの子どもたち全員のエピソードの蓄積が可能になります。
また、膨大にあるエピソードをどういった視点で切り取るか、ということも非常に重要なポイントとなってきます。これまでは保育者によって視点がバラバラでした。その結果、子どもの「できないこと」にフォーカスがあたってしまうこともありました。「できないこと」が保育者の意識の中に大きくなってしまうと、それが関わり方の中にも現れてしまいます。問題点にフォーカスするのではなく、どんな表現であっても子どもを信頼し、そこにある可能性を捉えられるほうが間違いなく豊かな実践につながるはずです。そんな反省も含む議論の中から、エピソードの切り取り方の軸となる視点として、ニュージーランドの保育実践「学びの物語」アプローチから以下の5つの視点を取り入れてみようということになりました。
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・関心を持つ(興味)
・熱中する(熱中)
・困難なやったことがないことに立ち向かう(チャレンジ)
・考えや気持ちを表現する(表現)
・自ら責任を担う(役割)
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1日のエピソードをこの5つの視点からふりかえり、もしくはエピソードをこの5つの視点にあてはめて書き出すことにしました。この5つの視点は、保育者にとって子どもの表現をみる際の地図のような役割を果たします。
では、具体的にどのような記録方法を試しているか、まとめてみます。
毎日の20分共有ミーティングの流れ
1:エピソードを付箋に書く(保育者一人あたり5〜10枚程度)
2:1日の流れが印刷されている保育日誌に付箋をはりつける(20枚くらいの付箋だらけになる)
3:ふりかえりの話し合いを行う(健康観察を最初に共有、その後エピソードの中でも最もフォーカスをあてたいエピソードについてどう見取ったか、それぞれの視点を共有する)
4:付箋だらけの保育日誌をコピーする。コピーした用紙を保育日誌として綴る
5:付箋を子どもの個人記録ファイルにはりなおす
ここまでが1日単位で行う記録です。
付箋を使うことで、1日単位の保育日誌と個人記録とを両立させて、業務を重複させない工夫をしています。
次に1ヶ月をふりかえり、次月の計画を立てる月案ミーティングをクラスの保育者全員と園長で2時間かけて行います。月案ミーティングまでに個人記録のレビューをするなど担当にわけて準備をすすめます。(ただし、まだこの過程はクラスごとでも記録に使える時間が異なり、すすめられているクラスもあればそうでないクラスもあります)
月案ミーティングまでの準備
1:その月の子どもの担当を決めておく
2:蓄積された付箋からその月の子どものレビューを行うエピソードの関連性を考察しながら、よみとれることをキーワードでまとめ、端的に共有できるものにする。(A3の付箋をまとめた紙に直接書き込む)
3:担当の子ども以外のレビューにも目を通す(この時間をとることが難しい)
こごみ組(1-2歳クラス)個人記録
付箋をマインドマップでつなぎ、関連する写真を挟み込んでいる
上記の準備をできる限り行った上で、月案ミーティングでは、今月の子どもたちの関心や熱中から出発し、翌月の取り組みについて考えていきます。記録方法は、マインドマップ形式です。中心となる話題は、その時々の子どもたちの状況によって変化し、具体的な活動内容(描画や演劇など)についてフォーカスされる場合もあれば、関わりの構えについてフォーカスされることもあります。自由と制限のバランスについてなど、哲学的な議論になることもあります。また、それぞれの保育者が現在抱えている問いについても共有し、それぞれの関心について理解を深めます。この月案ミーティングがいわばクラスの取り組みを駆動させるエンジンとなっていくのですが、子どもたちの現在地は以前よりくっきりとみえてきていますが、その子ども理解が実践へつながっている実感は、まだまばらにしか感じられていません。記録からの子ども理解をクラスのエンジンにつなげていく接続の部分に課題がありそうです。
教師教育学の分野で著名なコルトハーヘンが提唱した、対人援助職のためのリフレクションモデル「リアリスティックアプローチ」の集団討議型のモデルを参考にしてやまのこの記録について考えてみると、
集団討議型 5段階の手順
1:事前構造化(経験の中でフォーカスをあてるべきポイントを絞り込む)
2:経験の内省(個々人が経験をふりかえること)
3:構造化(個々人の経験をチーム全体に共有し、議論の俎上にのせること)
4:焦点化(経験を持ち寄って見合うこと)
5:小文字の理論の獲得(グループで持論をつくっていくこと)
課題として、1の事前構造化が弱いことがあげられそうです。1があるからこそ、3の構造化や4の焦点化が深まっていくのだと思いますので、1を準備段階に組み込んでいくことが必要そうです。
記録についての試行錯誤をお伝えした本稿。やまのこの熱いトピックスである記録について、みなさんに共有させていただける機会をいただけて嬉しいです。今年度の個別面談から個人記録ファイルを保護者のみなさまにも共有させていただいたクラスもありますが、来年度は私たちが深めている子ども理解を保護者のみなさまにも共有していくプロセスをつくっていけたらと考えています。
まだまだこれから探求しがいのある記録。今後の展開にどうぞご期待ください!
参考文献
「目指せ、保育記録の達人!」|河邉貴子、田代幸代著 フレーベル館
「保育の場で子どもの学びをアセスメントする」|マーガレット・カー著 ひとなる書房
「教師教育学 理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ」|フレット・コルトハーヘン著 学文社
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