2021.09.01
「壁」から見えてきた多様性をもつコミュニティのあり方
Text : Chihiro Taniguchi
あけび組には箱イスというものがあります。朝のつどいの時やお昼ご飯の時にも、電車ごっこやお店屋さんごっこなどの見立て遊びなどにも使っている多機能なイスなのですが、ここ最近、このイスを使って度々出現するようになったのは”壁”です。その壁は、要塞と呼んでもいいような、あちら側とこちら側を隔てるような役割を持つものだと私は認識しています。
この壁の製作者は、Sちゃん、Fちゃん、Aちゃん、Kちゃん、Kaくん、Tくん、Hくんなどの、主にやまのこhome(以下home)からやまのこに来たメンバーたちです。homeから移行してきた彼らと、元々やまのこにいたメンバーとの間にはなんとなく違う空気が流れていたり、遊びの中でじっくりと関わる機会は比較的少ないなと保育者たちは認識していましたが、ここにきて目に見える形で壁が出現してきたのです。
これまでは、彼らだけでままごとをする姿や、お気に入りの戸外のスペースでおうちごっこをする姿などが多く見られましたが、外が寒くなってきたこともあり、戸外のスペースではなく、室内に自分たちの居場所を作ろうとしたのだろう、と見取っています。
戸外であれば、使える空間や使える資源が豊富にあり、自分たち以外の人たちの視線や気配も外であればそれほど気にならず、自分たちの安心できる場所を自由に作ることができていたのだと思います。しかし、室内に自分たちの空間を作るとなると、工夫が必要になってきます。そこで、彼らが生み出したのは壁を作ること。しかも、お部屋の一番死角になる場所を選ぶという選択だったのです。
室内に現れた高さ1.5mくらいの壁の中では、自分たちのリュックが持ち込まれ、お気に入りの絵本が並べられ、色鉛筆と紙で制作活動が始まります。彼らはこの場所を『おうち』と表現しており、壁の内側で自分たちの心地よい空間を作るのです。しかしながら、興味深いのは、このおうちにずっと留まるだけでなく「いってきまーす!」と言いながら、おうちの外にも時々出かけていき、別の場所で遊んだり、壁の外側の人たちともコミュニケーションを取る光景も見られることです。行ったり来たりしながら生活をしている姿を見ていると、この壁から外に出ていく行為は、安全基地から外の世界へ探検に出ていく、彼らにとっての一種のチャレンジのようにも見えてきます。
空間としては異年齢が混じり合って生活をしている場所になっているあけび組ですが、ただ空間を共有してるに過ぎないのではないか?自分が過ごす場所として、彼らの中で安心感はどれほど存在しているのだろうか?と保育者たちの中で問いがたちます。
ある森の日、拓人さんと年少児だけが園に残る日がありました。お部屋を共有する人数が一気に減り、空間を自由に使えて、精神的にも開放的になれたのでしょう、いつもよりのびのびしている姿があり、気持ちも高揚している子たちが多かったこと、そして森から他のメンバーが戻ってくると、みるみる自分たちの空間に閉じこもるように様子が変わっていく姿があったことを聞きました。このエピソードを聞くと、ますますこの問いが深まり、これからの保育のデザインを再考するきっかけになりました。例えば、全体的にバランスよく混ざり合うことに期待して、森の日のメンバー構成を変えてみたり、朝のつどいを二つのグループに分けて人圧を下げてみたり。これらは、環境的なしくみの変化ですが、保育者の関わり方や、視点の置き方も変化してきており、大きい子も小さい子も気持ちよく共に居られるため、その場の遊びの世界観をいかに共有していけるかをポイントとすることなど、大人たちのマインドもシフトしてきています。
先日のこと、壁作りメンバー数人が、 *からっぽチーム(年長児)の女の子たちが中心となって作っている床屋さん&病院&ホテルの敷地に寄っていき、「Sちゃんたちの病院も作ってくれない?」と依頼に行く姿がありました。
この場面について、保育者の振り返り時間に共有すると、実はこのやりとりの前にストーリーがあったことがわかりました。朝のつどいで、FちゃんとSちゃんが、自分たちでお医者さんごっこをしていた話をみんなにシェアしてくれ、それをとっかかりに、拓人さんがからっぽチームの女の子たちの病院を話題にあげ「病気になったときは誰でも入っていいんだっけ?」とかけ橋役を担っていたのです。それで、彼らはつどいの後、早速その病院の持ち主にお伺いを立てて入ろうとしたのですが、渋られたようで、考え出したのが「Sちゃんたちの病院も作ってくれない?」というコミュニケーションの方法だったでのです。
この後、からっぽチームの女の子たちから「つくるのはすごく時間がかかるんだよね〜」と濁された後も、諦めずに粘って交渉していると、「ちょっとだけね〜」と条件付きで中に入れてもらうことができていました。
また別の日、からっぽチームのみんなが、自分たちが作ったくじ引きや、ガチャガチャや、自動販売機を紹介する機会がありました。その紹介をきっかけにごっこ遊びがどんどん展開していき、大きい子がお店番をし、小さい子たちがお客さんとして参加して、同じ遊びを通して世界観を共有しているな、と感じられる場面がありました。大きい子たちが遊びの輪郭を作り、その輪郭の中で小さい子たちは遊びながら様々なことを受け取っているのだろうと大人たちは想像しながら見守っています。
アメリカの心理学者のメアリー・エインスワースが提唱した、人間の愛着行動の概念として安全基地という表現があります。子どもと親との信頼関係によって育まれる『心の安全基地』の存在によって外の世界を探索でき、安心基地を持つことで困難なことにチャレンジしたり、辛い境遇を乗り越えていくことができるといわれています。
今回紹介したエピソードは、メアリーが提唱しているような親子関係ではなく、子どもたちのコミュニティー間の関係性についてですが、私にはここで起きている物語とメアリーの安全基地の概念がリンクしているようにみえるのです。
私たち保育者は、彼らにとっての安全基地を尊重し、チャレンジを見守りつつも、遊びの中で世界観を共有できるようなサポートを模索しつづけていく、両方の視点とアプローチが必要だと思っています。そのためには目の前の子どもたちの様々な行動や動向をしっかりと観察し、丁寧に見取っていくことが、適切なサポートにつながり、更にはコミュニティの豊かさへとつながっていくのではないかと考えています。
*からっぽチームの由来について知りたい方は以下の記事をご覧ください。