やまのこ保育園

惑星のようす

"あさになったのでまどをあけますよ"

2020.07.18
あさになったのでまどをあけますよ

Text:Aya Endo

私たちの営みを山登りに例えるなら、年明けからの3ヶ月は、やまのこにとってのはじめての卒園式に向けて、少しずつ山頂が見えてくるような時間でした。急勾配の道をフーフー登りながらも、美しい花があちこちに咲いている様子に目を細めてしまう、そんな時間が保育園にとっての年明けからの特別な3ヶ月なのでしょう。

そんな中、2月半ば頃からCOVID-19のニュースが増えていき、雲行きが怪しい状態になりながらも、まだなんとか山登りしていた私たち。3月後半になると、その足音がいよいよ間近に迫ったかと思うと、一気に濁流に飲み込まれたような日々に突入していきました。やまのこが開園してから2年半続けてきた営み全てを棚上げし、COVID-19仕様の新しいメガネをかけて、できることできないことに分けていきました。そんな必死の日々の中で、私自身が感じていたのは、ここに関わっている全ての人たちの生命を守りたいという、湧き上がってくるような強い気持ちでした。

しかしながら、正直に申し上げると、私にはまだこの3月から6月までの日々を俯瞰して、うまく自分の言葉で語ることができません。本当にさまざまなことを考えさせられていますし、大切なことがふつふつと発酵しつつあることを感じていますが、それを言葉として掬い取ることができないのです。

 

かわりに、1冊の絵本を紹介させてください。
荒井良二さんの「あさになったので まどをあけますよ」という絵本です。
窓を開けると広がる日常の風景、山間の、海辺の、都会の、それぞれの場所にめぐってくる朝を描く、シンプルで力強い希望に満ちた絵本です。
絵本には風景とともに、こんな言葉が繰り返されています。

「あさになったので まどをあけますよ」
「やまはやっぱりそこにいて きはやっぱりここにいる だからぼくは ここがすき」

荒井良二さんに掲載許可をいただいております。

この絵本は、東日本大震災の後、被災地に向かう新幹線の窓から撮影した風景を元に構成された絵本です。この絵本について、私は2012年3月発行の「月刊MOE」という雑誌で特集を組ませていただいたことがありました。

そのインタビューで荒井さんは、こんなふうに語っていました。
「被災地を訪れてみると、一言も話すことができなかった。日常をなくすということは、言葉もなくしてしまうっていうことなんだ。この現実に呆然として、しばらく落ち込んでしまってね。でも、俺には何もできないけど、朝になって窓をあけるくらいのことはできるかなって思って、この絵本をつくったんだ。日常の大切さをもう一度確認するためにね」

そして2012年の私は、こんなふうに荒井さんへのインタビューを結んでいます。
「生まれた絵本は、とりわけ何かが起こるわけではないけれど、虹色の光に満ちた美しい朝の瞬間がさまざまに描かれたものになりました。神々しい朝の光をまとった風景とその光をじっとみつめる横顔。荒井さんが描こうとしたのは、光に照射されるように人の内側に沸き立つ希望や生きているよろこび、そして未来を切りひらく力。100年前も100年後も同じく人間にとって最も尊いものを、絵本という窓を通して見せてくれました」

もし2020年の私がもう一度この原稿に手直しができるのだとするならば、こんなふうに書き直します。
「100年前も100年後も同じく、この地球に生きている私たちにとって最も尊いものを、絵本という窓を通して見せてくれました」

この3ヶ月に起きた出来事から、私の中にこれまで以上に鮮やかに浮かび上がってきたのは、私たちはこの地球に生きる全ての生命と共に生きている、という感覚だったように思います。

6月1日、しばらく会えなかった子どもたちや保護者の皆様が次々と登園してきてくれた朝の風景を私はきっと忘れることができません。また会えたことが本当に嬉しかったのです。子どもたちにとって、また、保護者のみなさまにとって、このやまのこの風景が「やっぱりぼくはここがすき」と思えるようなものでありますようにと心から願うとともに、そのような風景をつくれるように、これからも力を尽くして参りたいと思います。

 

あさになったので まどをあけますよ
荒井良二 作
偕成社 刊

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