2021.07.01
「出会い」と「生活の過程を一緒に」
Text : Mina Ito
やまのこの新たな年齢構成から、生後6ヶ月から2歳半くらいの園児となった5月。二園で話し合いを重ね、homeではどんな保育をしていきたいかスタッフで話し合う場がありました。この月齢の子どもたちは、人や物との関わりを通してたくさんの「出会い」を経験する時期。家以外で生活を共にするはじめての場、人、物、自然との触れ合いから、私たちは子どもたちに何を手渡したい?という話になりました。
ふとSさんが「手渡すってどういうことだろう?」と問いかけました。急に空気が変わったように、みんなが「手渡す」が意味することを考え始めました。「手渡す」とは、大人が子どもにやるべきことを渡し、結果、何かできるようになることが目的になった言葉ではないか。わたし達が目指すのは、「手渡」した上でのできる・できないではなく、生活の様々な営みの過程を子どもたちと一緒に、共に暮らしを楽しむこと、つくることなのではないか。この話し合いからhome新体制の保育において ”出会い” と ”生活の過程を一緒に” が二本柱として見えてきました。
5〜6月、わらび組の年齢と・人数構成が少しずつ変化していきました。既に3歳を迎えていた4名があけび組へ移行。ふき組から1歳3〜6ヶ月の4名がわらび組に移行し、この4名の移行と同時に、それまでふき組を担当していた私と一朗さんもわらび組で一緒に生活するように大人の配置も変化しました。
ニュージーランドの幼児教育テ・ファリキでは、「子どもはさまざまな人、場所、ものとの応答的で相互のやり取りのある関係の中で育つ(※1)」と言われています。ふき組の生活時間の流れから、少しずつわらび組の時間の流れに子どもたちが慣れていくよう心がけました。移行直後は、慣れ親しんだ大人を探し求める子どもたちの姿がみうけられます。クラスの話し合いの中で、ふき組→ 「わらびーず組」→わらび組という今までになかった新しいグルーピングを試み、中間層を作ってみることで、子どもたちは安全基地に自分が所属している安心感を感じながら、ゆっくりしたペースで徐々に新しい時間の流れ・人・場所に参画していけるメリットがあるように思いました。そして保育者は、より子どもたちが今、何に関心をもっているのか、クラスの中でどんなことが起きているのかに着目し、 ”過程を子どもたちと一緒に” を大切にすることができました。この時、私と一朗さんのなかで、よく話し合っていたのは「生活のプロセスを時間をかけゆっくりと大切にしていこう!」ということ。2つのエピソードを紹介します。
エピソード1
おやつの時にわらび組のYちゃんが食器棚からマットを取り出し、コップ、お皿とおやつの準備をしていました。それを見ていたふき組からわらび組に移行したてのNちゃん、Aちゃん、Cちゃんも真似をしてマットを数え切れないほど取り出し、コップを両手に2つ持ち、お皿を重ねながらテーブルへと運んできました。日々の生活の中でわらび組のやっていることに関心をもち、よく観察していたのです。おやつや食事の準備、片付けをどんどん意欲的にやろうとする 「わらびーず」のGくん。「コップ、コップ・・」と掛け声とともに席に運ぶ姿はとても楽しそうで逞しい姿です。いろんな人、ものとの関わりから、まさにはじめましてと ”出会っている” 瞬間に、私たち保育者も ”出会っている” と感じました。
はじめはコップを2つ持ってきたり、たくさんのマットをテーブルへと運んでいたのが、一つずつ持っていくようになり、置いてある場所から自ら取り出したりと、生活の中で子ども自身が試し、学び、自分なりの方法を身につけていく過程がとても豊かな時間に感じました。
エピソード2
昼食を食べ終わったGくん、一つずつお皿を持ってワゴンへ運んでいました。自分の片付けが終わると、後ろを見渡し今度はYちゃんの空になったお皿をみつけて片付けはじめました。一見、自分のものと人のものとの違いがまだ曖昧だからかと思う行動のようにも見えますが、私には、自分はこの場に所属しているということをGくんが感じている行動のように感じられました。その場に所属している実感があるからこそ、「わらびーず」という社会への貢献・参画へと発展しているように感じたのです。そして、社会への参画のバリエーションが増えるということは、その子が生きていく上でとても豊かな学びだと思います。「所属感の実感できる生活」そのものが、「生活の過程を一緒に」という意識につながり、子どもの豊かな学びを可能にするのかもしれません。
家庭からの育児日記に、こんな素敵な文章が記されていましたのでご紹介させていただきます。「夕食時、『ごはん食べるよー!』と声をかけると、棚からおみそ汁椀を出し、「どーぞ」とわたしてくれました。園でも同じようなことをしているからでしょうか。」家庭と園がGくんの中でしっかりつながり合い、家庭とも「生活の過程を一緒に」共有していることを強く実感しました。
生活の中でつい言葉かけが多くなったり、自分の所作の速さに気づかなかったりしてしまうことがあります。そんな時、今ここにいる子どもが何に関心を持っていたのか見えていなかったのではないかと振り返ります。イタリアの幼児教育レッジョエミリアの保育実践において、最も重要なことは「子どもが何か関心を持って活動に打ち込んでいるとき、その子に近づいていってその活動がその子にとってどのような ”意味” を持っているのかを知ろうとすること」であり、保育とは「子どもにとって意味のある生活をともにつくり出すこと(※2)」と述べられています。子どもの関心に関心を寄せながら、日々の生活の中で、子どもたちが多くの ”出会い” をしている瞬間に、私自身も ”出会い” 、共感していきたい!そして ”その過程を一緒に” 楽しみ、生活を共につくりだすことを大事に、これからも関わっていきたいと思います。
参考・引用文献
(1)大宮勇雄 『保育の質を高める』 P54
(2)大宮勇雄 『保育の質を高める』 P38
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